それ、昨日の私です

2025年06月16日 10:00



これは、私がアパレルの仕事をしていた頃に体験した話です。
今でも、ポストを開けるときに少しだけ身構えてしまうんですよね。
あれ以来ずっと、癖みたいになってしまって。



当時、私は都内のアパレルショップで働いていました。
接客やディスプレイも任されていて、忙しくも充実した毎日を送っていたと思います。
お店の近くにあるマンションで、ひとり暮らしをしていたんですけど、職場との距離感もちょうど良くて、そこそこ気に入っていました。

ある日、うちの店に若い女性のお客さんが来たんです。
年齢は、そうですね……二十歳くらいだったと思います。
白っぽい肌で、どこかおとなしい印象の子でした。
特別なやりとりはなかったんですけど、ふわっと会釈して小物を一つだけ買って帰ったような、そんな感じだったと記憶しています。

その子が、何度か店に来るようになったのは、それからしばらくしてからです。
最初は、また来てくれたんだな、くらいに思っていました。
ただ……少しずつ、違和感が出てきたんです。

というのも、その子の服装が、やけに私と似ている気がしたんですよね。
たとえば私が新作のブラウスを買って、次の日に着ていたとしますよね。
すると、翌週にはその子が全く同じものを身に付けて店に来るんです。
しかも一回だけじゃなく、メイクやネイル、ピアスの形まで――。
気づいたときには、私の“コピー”みたいになっていました。

あの子、私のことを見てるのかも。
そう思い始めたのは、ちょうどその頃です。

それと同時に、店に妙な電話がかかるようになりました。
無言なんですけど、受話器の向こう側から、かすかに息遣いが聞こえるんです。
最初は営業電話か何かかと思っていたんですけど、あまりに回数が多くて……。
何より、その息の感じが、なんとも気味悪かったんです。

ある日、仕事を終えて帰宅すると、ポストに一通の手紙が入っていました。
差出人も、切手もない、真っ白な封筒でした。
中には、便箋が一枚と、数枚の写真が入っていて。

便箋には、こう書かれていました。

「ずっと、こうなりたかったんです。
あなたみたいに綺麗で、自信があって、笑っていて。
私、少しは近づけてますか?」

写真を見て、ゾッとしました。
そこに写っていたのは、まるで私みたいな格好をした、あの子でした。
服も、髪型も、背景も、ポーズまでもが、私がSNSに載せたものと同じで……でも、そのどれもがわずかに“歪んでいる”んです。
笑顔の形とか、目線の向きとか。
作りものめいた感じがして、妙に気味が悪かったのを覚えています。

それから、エレベーターであの子と鉢合わせるまで、そう長くはかかりませんでした。

その日も、仕事帰りで疲れていて。
マンションのエントランスでエレベーターを待っていたら、ちょうどあの子が乗ってきたんです。
うつむいたまま、隣に立つ彼女。
私は緊張で呼吸が浅くなっているのを感じながら、次の階で降りようとしました。
その瞬間――

彼女がスマホを差し出してきたんです。
画面には、私の後ろ姿が写っていました。
見覚えのあるバッグ、コート、髪型。
間違いなく、私でした。
背景からして、撮られたのは職場近くのカフェだと思います。

「ねえ……やっぱり、似てきたと思いませんか?」

その声は、小さくて、やけに穏やかで。
でも、私は氷水を浴びせられたような気持ちになりました。

翌日、店長に相談し、すぐに退職と引っ越しを決めました。
もうここにはいられない、そう思ったんです。
知人を頼って、別の場所で一人暮らしを始めることにしました。

ようやく少し落ち着いたな、と思い始めた頃のことです。
ポストに、またあの封筒が届いていました。

やっぱり、切手も、差出人も書かれていません。
中には、便箋が一枚だけ。

「また、あなたに会えて嬉しいです。
ちゃんと近くにいますよ。」

その日から、ポストを開けるとき、エレベーターに乗るとき、誰かの視線を探す癖がついてしまいました。
あれ以来、私は他人の“真似”に対して、妙に敏感になってしまっていて……。

……もしかすると、今この話を読んでいる誰かの隣にも、“誰かに憧れていた人”が立っているかもしれませんね。


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